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【映画】才能とは?才能で生きるとは?を考えた -蜜蜂と遠雷-

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みんな何かしらの才能を神様から与えられて生まれてくるといわれるけど...

 直木賞を受賞して大いに話題になった『蜜蜂と遠雷』が映画化された。そもそも音楽の世界を文字で表現されたものは読者のイマジネーションが試されるようなものなので、当時、私は本を開いてみたがどうも前に進む前に眠りに落ちること数回、、、結局、途中で挫折してしまったままでいた。・・・つまり、読み下手だったのだ(悲)

 それが映画化となったので、こりゃ観るしかない。あの不良演奏家の三人である風間塵は鈴鹿央士くん、マサル森崎ウィンくん、栄伝亜夜は松岡茉優ちゃん。そして“生活者の音楽”に挑んだ高島明石が松坂桃李くんというフレッシュなキャスティング。彼らがどのようにして音楽の神様に愛されようとしたのか、彼らの軌跡をダイジェストとはいえども見たいと思うのは当然のことだろう。

  物語のメインテーマは『音楽と才能』。上手な人はごまんといる、が、それで食べていける人はごくごく僅かだ。その差は何か?才能か?

 才能というレベルで比較すると、たぶん、努力では追いつかないものがあるのが芸術の世界だと思う。まだスポーツや学問ならトレーニングを積めばある程度のところまでいけると思う、、、それでも限界はあるけれど。言葉では表現できないセンスや表現の世界になると、これは「持って生まれた」才能が大きいのではなかろうか。

 そして、そのような才能はいわば原石みたいなもので、美しく磨かれないと開花しない。ここに人との出会いが大きく影響する。

 原石、、、と言ったので劇中の登場人物を世界四大宝石にたとえてみた。風間塵くんはダイアモンドの原石みたいな子。まだ幼くて原石に近いけれど、すでに磨かれた他の石に負けないほどの輝きを放っている。マサルは高貴な生まれで周囲や自らの期待を背負って苦悩する様子は磨けば磨くほど壊れやすいエメラルド。生活者の音楽を追求する高島明石は年齢とともに深みを増した上に強い意志を感じるサファイア。・・・そして、栄伝亜夜は子どもの頃からのカリスマ性や音楽への情熱を放出しきれない内に秘めた力強さを感じるルビー。

 固い地盤の中で美しい宝石が生まれた奇跡のように、彼らは神様から才能を与えられこの世に生まれた。・・・そして研磨の段階、、つまり自らの境遇の中で葛藤する。

 

 映画ではそれぞれの才能に向き合う姿を芳ヶ江国際ピアノコンクールを通して描かれている。

 

 本では(途中までしか読んでいないので記憶が定かでないのだけれど…)子どもの頃のアーちゃん(栄伝亜夜)とマサルが二人で『茶色の小瓶』を弾いたシーンがあったのだが、なんと『ピアノの森』でも一ノ瀬海と師匠である阿字野壮介を繋いだのは『茶色の小瓶』だった。というリンクに一人感動。うぅ~っ、もし『蜂蜜と遠雷』で懐古シーンとして茶色の小瓶の演奏が登場したら涙腺崩壊スイッチオン確定だ。

 

 才能を持っていたとしても本人が気づくことがないまま終わったり、磨かれることなく終わったり、なんてことがきっとあるはずだ。でも、そんな境遇に埋没することのない強烈な才能、、、つまり神様からキッパリと申し渡された才能は、どこかで必ず光が当てられる。

 そのサインは、才能を持つ本人が心から楽しむこと。周囲からの評価に囚われることなく自らの才能を信じきること、その覚悟をすること、、、なのかな、と映画を観て思う。

 

 ・・・みんな、なにかしら才能があるとして、、、じゃあ、自分には何がある?自らに問いかけてみたが、私の場合は神様に「適当にやっときー!」とキッパリ言われた気がする。だから、今世ではたくさんの才能に触れることを楽しみたい。

 だから、エンタメ愛なのである。(言い訳)

 

★みじん子レーダー【映画】蜜蜂と遠雷

●ドラマティック度:★★★☆☆

●鑑賞後の心地良さ:★★★★☆

●ドラマの重量感:★★★☆☆

★美しいクラシック音楽の音色と共に若手俳優の瑞々しさも味わえる良質な118分