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【ドラマ】同期のサクラ:桜の季節に大人が『大人になること』を考えてみる

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山あり谷ありそして谷あり...でも、夢があれば前を向いて生きていける

4月がやってくるけれど…

長期間の外出を控えている人たちのストレスはエンタメで発散しよう!…ということで動画配信サービスが無料配信を始めている。これにあやかっていろんな作品を楽しめるのは嬉しいんだけれど、やっぱり「自粛」や「忍耐」というキーワードが出回っている世の中にだいぶモチベーションが(下へ)引っ張られる(涙)。

 

外は桜の咲き具合がちょうどいい。コンビニでビールとぼんちりでも買って愉しみたい!けれど、それもこんな状況じゃあねぇ…。

仕方ないからHuluのほうの桜、『同期のサクラ』を観た。

 

www.ntv.co.jp

 オリジナル脚本作品

ドラマ『同期のサクラ』は2019年10月期の連ドラ。

大手ゼネコンである花村建設に就職した北野桜(サクラ:高畑充希)と同期の仲間である月村百合(橋本愛)、木島葵(新田真剣佑)、清水菊夫(竜星涼)、土井蓮太郎(岡山天音)の約10年間にわたる友情と成長の物語である。

 

主人公のサクラは新潟県の離島、美咲島の出身。幼い頃、重い病気に罹った母親を本土の病院に連れて行こうと荒れた海へ船で出た父親とともに事故で失い、じいちゃん(津嘉山正種)が男手ひとつでサクラを育ててきた。

サクラは曲がったことが嫌いでウソがつけず、思ったことは口にしないと気が済まない頑固で正義感にあふれた人物だ。空気も読めず、忖度などできない。そんな彼女の夢は、

・故郷の島に橋を架けること

・一生信じあえる仲間を作ること

・その仲間とたくさんの人を幸せにする建物を作ること

だった。

高度成長期を支えた『ザ・ニッポン』的な風潮が色濃く残る今の若者の感覚とはほど遠い大手ゼネコンという業界で自分の夢を叶えたいと粉骨砕身、仕事に情熱を向ける新人社員のサクラが、おもいっきり浮いてしまうのには時間がかからなかった。

同期たちもそれぞれ配属された部署で組織の人間になるための洗礼を受ける。百合は結婚に逃げようとし、菊夫は営業と現場の板挟みによって過労で倒れ、蓮太郎は自分の能力の無さに自暴自棄になり、葵は親の七光りという肩書を背負って自分の価値を見出せず…。そのたびにサクラが懸命に仲間を救おうと会社に立ち向かって奮闘するのだった。それぞれのエピソードが人間味あふれて描かれている。

大人になることって?

劇中、サクラはいろいろな人に「大人になれ!」と言われる。正論がまかり通るわけじゃない組織という複雑な人間関係。忖度があり、空気を読んで、要領よく、力あるものに気に入られ…物事の道理などは二の次という世界。これって、ドラマの世界だけじゃあない。本当にそういうドロドロッとしたいやらしい世界に染まっていくことが「大人になる」ことだとしたら、それはとても辛いことなんだけど、実際に正義と理想だけでは生きていけない。

子供の頃は学校でキレイすぎる正義と理想を押し付けるくせに、社会に出たら手のひらを返したように「組織に馴染め!」「(上司が言うなら)黒も白だ!」とズルや要領の良さ、空気読みのスキルばかりが磨かれていく…。それに馴染めずドロップアウトしていく同僚を見送るうちに、空気を読み、忖度し、自分の我を抑え、「すべき」ことより「したほうがよさそう」なことを先に選択することが「大人になる」ことだと思わなければやっていけなくなる…ってことは十分に分かっている。だってそんな経験を私自身だってしてきたから。

「大人になる」とは自分にウソをつくこと。自分にウソをつくことが間違いではなく、大人の常識であるとさえ思い込まされる…。そうでもしなければ、自分が壊れてしまうから。

…これが、社会で生き抜くことだといわなくちゃならないのはとても残念なんだけど、実際に社会人を長く経験していると、大なり小なりズルく生きる自分を(自分は大人だ)と慰めなくちゃやっていけなくなるのだ。

 

大人社会に飲み込まれそうになるとサクラが救いの手を出す

組織の縦社会に飲み込まれ、自分を見失いそうになるとサクラが必ず助けに来る。そのたびに自分はズタズタに傷つき、損ばかりするんだけど、サクラは仲間のために信念を曲げない。

そんなサクラを支えてきたのは、島で暮らすじいちゃん(津嘉山正種)の存在。困難にぶつかるたびに悩むサクラに、大事な言葉をFAXで届けるのだった。

 

頓挫していた橋の建設工事が着工し、ようやくサクラの夢が叶うと思った矢先、またもや思わぬ事態に巻き込まれる…。そして、それはサクラの生きる力そのものを奪うことになり…。

 

ボロボロに傷ついたサクラの再生物語でもある

事故で脳挫傷を負い、寝たきりになっているサクラに見舞う仲間たちの回顧録としてドラマは展開していく。

結局、サクラは9カ月ぶりに目を覚まし、懸命のリハビリを経て復活するのだが、さらにサクラを試すような出来事が起きる…。

同期の桜は果たして見事に咲かせることができるのか、

…詳しくはドラマを観て、感じてください。

ここに書いた内容だとかなりシリアスなドラマに感じてしまうかもしれないけれど、サクラのマイペースぶりは面白いし、半沢直樹的な人間のズルいやらしさが目立つ泥沼感はないから安心してください!(笑)

 

サクラのような生き方は理想かもしれない、けれど

「自分にウソをつかずに生きていきたい」と思うけれど、社会に出ればそうにもいかず…。苦しみ、時には痛い目に遭いながら社会に馴染める人間に変わっていくのは普通のこと。でも、その普通になるためには自分を押し殺さねばならないことを組織が大きければ大きいほど痛感する。私も学生を卒業後して初めて就職した会社は大手だったし、入社した会社で私は女性の総合職採用第2期目(古ッ!)だったから、サクラほどまではいかなくても、大人になるための洗礼はそれなりに受けてきた。

まあ、元来のお気楽な性格が幸いして気持ちを切り替えることができたから、それなりにいい思い出を残せているけれど、結局、身体も壊したし、定年まで続けたいと思える場にはならなかった。

今言われている働き方改革は、勤務時間や福利厚生など、物理的な条件ばかりがフィーチャーされているけれど、人間は感情を持つ生き物だから、仕事に向かう際の心の状態が実は働き方そのものに大きく作用していると思っている。そういう意味で、組織の人間になるということが、仕事そのものよりもずっとストレスフルで厄介なものなんじゃないかなとも思う。

 

サクラの生き方は理想なのかもしれないけれど、だからこそ、サクラは誰よりも傷つき、損ばかりして、大変な目ばかりに遭う。…サクラの境遇が意味することは、「理想で社会は生きられない」ということなんじゃないかな。と。

じゃ、どうしたらいいのか?

私は、自分自身を発揮できる場を、自分の力と意思で探し当てるということだと思う。新しい場を探す場合もあるし、今、自分が居る場をそう変えていこうとするという場合もあるだろう。最終回でサクラやサクラの同期たちが掲げる夢のように、自分が最も大事にしたいことと社会のすり合わせをしながら、自分が居やすい場所を自分の力で築くしかない。

…そうすることが「大人になること」だと私は思う。

 

それにしても、サクラのキャラは高畑充希ちゃんにピッタリです。こういう融通の利かない、ちょっと偏屈な、でも真っ直ぐなタイプの子にバッチリ合います。真逆なタイプの百合が橋本愛ちゃんっていうのもピッタリ。どのキャストもキャラクターに合っていました。だから、感情移入がしやすかったのかな。

ドラマが盛り上がるとかならず流れる森山直太朗くんの『サクラ(二〇一九)』。

ど~んなに~ くるし~いとぉきもぉ~

きみが~わらって~いる~から~~~

にホロリと涙が流れちゃう。

 

それぞれの立場になって「大人になること」について考えたアラフィフの私は、大人になれているだろうか?