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【映画】私の知らないわたしの素顔:美魔女ならいいけど美怪女になったら怖~い!

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世界で一番イケてる女は…ワ・タ・シ?!

自分は?あなたは?・・・どっち?!

 齢(よわい)over50にもなると、人生経験と出会いの数だけはそこそこあって、それらが自分の見識というものを広げてくれている思うと何事も無駄なものは一切ないと思える。

 私は今では夢・幻と化しているバブル期をほんの僅かだが経験したが、社会人スタートからは日本経済とともに右下がりラインを並走し、ただ荒波に身を任せていたら今に至る、という感じである。気づけば消費税は10パーセント。せっかく働いても税金・年金・社会保険料で占める割合だけはなぜか右肩上がり。真綿で首を絞められているようなジワジワッとくる息苦しさを忘れたくてエンタメに興じて現実を忘れようとしているのではないか?と言われたら「そんなことない!」とは言えない。

 

 話は変わるが、私はなんでもかんでもざっくり二つの群に分けたくなる性分だ。たとえば「”甘いもの好き”と”しょっぱいもの好き”」とか「”犬好き”か”猫好き”」とか。

 

 人の場合は、「”神経質”か”おおざっぱ”」とか「”姉御肌”か”甘え上手”」とか…で、この映画『私の知らないわたしの素顔』を観たら我々の世代、つまりover50の女性をざっくりと二つに分けるとすると、

「”旬の時代の自分にしがみつく”か”潔く観念してあるがままでいく”」

というグループ分けができるかもしれないな、と思った。

 主人公のクレールは前者である。

"女”にしがみつく女

watashinosugao.com

 フランス、パリに暮らす50歳を過ぎた熟女のクレール(ジュリエット・ビノシュ)。大学で教鞭をとりながら、執筆活動などにも取り組んでいる才女である。20年余り連れ添った夫は若い女に入れ込んで離婚。二人の子供は、互いの家を行ったり来たりしながら育てている。彼女には、ウンと年下の彼リュドがいたのだが、ある日、タクシーに乗って別々の場所で降車するようにあっさりと捨てられてしまう。

 酷い仕打ちの理由は「わたしが年増だから…?!」女としての悔しさに打ちひしがられたクレールは、悶々とするなかであるアイデアを思いつく。

 音信不通となってしまったリュドはクレールと別れる前に、友人でカメラマンのアレックスと一緒に郊外で暮らすと言っていた。そこで、クレールはFacebookで25歳のクララという美女になりすまし、アレックスに「友達申請」をして繋がったのだ。

 プロフ写真はネットで適当に拾ったというセクシー美女。アレックスはまんまと引っかかり、速攻、ダイレクトメッセージでやりとりするように…。そして、どんどん思わぬ方向へ進展してく…。

 ここで、「思わぬ方向」と書いたけど、実際はクレールが「願っていた(仕込んだ)方向」だろう。クララとしてウソの上塗りを繰り返しながら、アレックスの魅力にどんどんのめりこむクレール。

 やがて、アレックスが「君の写真を送ってくれ!」と頻繁にリクエストする"欲しがり君”になるのは当然の成り行き。クレールはクララに利用した美女の写真をあれこれと送り返す。

 やがて「会いたい!」と燃え上がる二人。

 だが、けっして正体を明かすことができないクレール。しかも、クララの写真は、たまたまネットで拾った写真ではなかったのだ。

 一体、どうなっちゃうのか?????

 

映画『パラサイト』を彷彿とさせるサイコサスペンス

 映画は、クレールが精神分析医のカトリーヌ・ボーマン医師(ニコール・ガルシア)とのカウンセリングで自らの心の内を吐露するシーンがベースとなり、回想のような形で展開される。・・・のだけれど、途中から現在進行形みたくなって、回想中という軌道を大きく外して、なんだかとんでもない方向へあれよあれよと向かっていく。怖いのなんの。そのハラハラ&ドキドキ感は、先日観た『パラサイト-半地下の家族』に似ていた。

 ゾクゾクッとした恐怖感、二転三転して一体どうなっちゃうのか分からなくなる展開に、ボーッとする間もなくスクリーンに釘付け!

 現在、上映中なのでぜひ観てそのゾクゾク感満載のジェットコースターに乗っていただきたいと思います。

 エンドロールが終了し、会場が明るくなるとTOMOさんと顔を見合わせて「怖かったねぇ~」「実際にいそうだよね~こういう人(女性)」。

 

Facebookのなりすまし」からの「痴情のもつれ」からの「落とし穴」

 この映画で怖かったのはFacebook。中年層の利用率が高いSNS

 面識のない人とつながる人も多いんでしょ?私にはその感覚は分からないけれど、見知らぬ人とつながる理由は本当にあるのだろうか?今、自分の周りにいる人との時間を大切にするだけで充分満足しているという私がおかしいのか?年々、私の意見は表に出しづらくなっているので自信はない。完全なマイノリティだ。

 なりすましとか乗っ取り被害に遭っている人が、周りに何人かいるけれど、その多くは簡単に「友達申請」をしあいっこした人だ。商売に利用している人もいるからすべて問題があるとは言えないんだろうけれど、単にプライベート利用のSNSで、知らない人と気軽につながるということは、個人情報の流出含めてリスクも上げるということも承知の上でやっているのであれば、そこでどんなトラブルが起きても『自業自得だよね』と言うしかない。

 利用しているようで利用されているんですよ。あの手のサービスは…。そこを分かったうえで利用したほうがいい。

 

美魔女・アンチエイジングが当たり前になった世の中の先に現れそうな美怪女

 主人公クレールの年齢は、ほぼ私と同世代。ハッキリ言って自分も年甲斐もなく20代のイケメン俳優にキュンキュン♪言っちゃってますよ。それは自覚しております。

 でも、それは今『恋つづ』を観てキュン♪するのと同じ。前提として、

「けっして手に入らない、私的妄想用コンテンツとしてのキャラクター」

であることを十分に理解したうえで、叶わない夢を重ねることをとことん楽しんでいるのだ。さすがに、マジでそんな世界に挑もうなどとは思わない。

 それは、自分というものの現実と年齢と…それに、自分の趣味嗜好の世界に満足できているから、いまさら、リアルにド若い男に愛される女になりたい、または、そういう男が対象になれる自分でありたいなんて、なんだかそりゃ、もう人魚姫(アリエルじゃあないほうだよ)の世界でしょ。

 歳をとれば違う世界へ向かっているのは当然だ。若かりし頃だったら、恥ずかしげもなく持てた根拠のないプライドや、自分を棚に上げて平気で他者のウィークポイントを指摘できる自己愛があっても仕方ない。でも、もうねえ…この歳にもなるとねぇ、そういうギラギラした承認欲求を「あら、可愛いわねぇ…」と笑って見守る親心にいつのまにか変わってしまうのが、歳をとることだと私は思っている。ところが、いくつになってもそうならない、、、50過ぎても20代の女性と張り合える勇気のある人もいる。という類の女性がいることを、この映画は分かりやすく表現してくれている。

 鏡を前に、歳を感じる顔に向かって、

 オー!クレール!

 どうして、あなたはクレールなのぉ?

 なぜ、私はクララになれないのぉ~!!(涙

 

 クレールは大学教授。美貌もステイタスもあるのに満たされない。そりゃ、夫が不貞して若い女と出て行っちゃったのはかわいそうだけれど、十分に自立できているはずの女性である。なのに、満たされない。「もっと...」「もっと...」と求め続ける…。こういうタイプの女性は、常にどこかに張り合って挑戦し続けなくちゃならないからとってもハードだと思う。誰かよりもリードしていたい。比較と勝負の中で生き続けるしかない。マウンティング女子の成れの果て。という感じ。

 若々しく美しく…。そこまではいい。でも、メンタルはね年月と経験を重ねちゃっているわけで、薹(とう)が立つのは仕方ないし、だから歳をとると生きやすくなるんじゃないかな。

 その現実をなかなか自分自身が受容できないと、クレールのように苦しむことになるのではないかな…と思う。

 

時は経つのです。

歳も取るのです。

 そこをまるごと受け入れられたときに等身大の自分が現れて、旬だった頃の自分にしがみついてもがき苦しむことなんてなくなるはず。

 

 クレール役のジュリエット・ビノシュは今も美しいけれど、やっぱり歳をとった。アメリのころとはね、比べるものではないけれど…。

 それを「歳をとる」ということなのだ。自分のことはなかなか客観視できないからこそ、こういう映画を観るのはオーバー50以降の女性には大事なことだと思う。

 

 

 腹をくくる。腹を据える。・・・だから歳をとるとお腹周りが豊かになるのは当然のこと!・・・というのは太っ腹の私のただの言い訳です。ゴメンナサイ!(笑)

 

★みじん子レーダー【映画】私の知らないわたしの素顔
●ドラマティック度:★★★★☆
●鑑賞後の心地良さ:★★★☆☆
●ドラマの重量感:★★★★☆
●ハラハラ&ドキドキ度:★★★★☆
★「これはありえへん」とは思えない怖さを味わえる101分